幼い頃のはそそっかしいというか、他の子供に比べて活発な性格だった。家の中にいるよりは外で駆け回っていることの方が好きで、毎日のように服を泥だらけにしたり傷を作ったりしては、母親を呆れさせたものだ。

しかしそんなが変わったのは、父親から一匹のポケモンをもらったことがきっかけだった。仕事でしょっちゅう家を空けていた父親が、まだ小さなに淋しい思いをさせてしまっているだろう、とポケモンを捕まえてきてくれたのである。それが、鋼の体と青い大きな眼を持つ、ココドラだった。

遊び相手が出来たこと、何よりも自分の初めてのポケモンを手に入れたことにはとても喜んで、ココドラを貰ってその日も外へと駆けて行ったが、すぐにその足は止まった。ココドラはと違ってのんびりとした性格だったので、が走っていってもその後をのんびりと歩いていたのだ。それを見たは、ココドラの隣に走って向かうと、ココドラの歩調に合わせて歩き出した。たまにはゆっくりするのもいいかもね、なんて笑いながら。

それからは多少服を汚しはするものの、傷を作って帰ってくる機会はめっきりと減った。のんびりとしたココドラのペースにが合わせるようになったので、走って転んだりすることが減ったのである。それに何よりの手へと渡す前に、父親がココドラに「のことを頼むよ」と伝えていたので、が危険な目に遭いそうになると、それをココドラが止めるからだ。

そしてそれはが成長して、軈て外の世界へと旅をするようになってからも相変わらずだった。


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舗装などされていない、そこら中ごつごつとした岩が剥き出しの山道を、ボスゴドラと並んでは歩いていた。次の街まではこの道を通らなくてはならないのだが、一向に目的地である街は見えそうにない。時折不気味な羽音や、がさがさと木々の葉の揺れる音が辺りから響くが、そんなものに怖気づく様子も見せずは地図を片手にずんずんと進んでゆく。ボスゴドラがそんなに急いで大丈夫かと歩調を合わせながらを見遣ると、その視線に気がついたが足を止めてボスゴドラへと目を向けた。

「もう、そんなに心配しなくたって大丈夫だって!」

そして肩を竦めてそう言ってみせると、ボスゴドラはぐう、と咎めるように鳴いた。

昔からの癖なのか、ボスゴドラは少しを子供扱いしているようなフシがある。幼い頃のが危なっかしくていつも守ってきたからか、成長してこうして旅に出るようになってからも、甲斐甲斐しく世話を焼くのだ。

とは言えど、ボスゴドラの考えは間違ってはいなかった。何せ道は気を配っていないと躓きそうになるし、辺りは木々が生い茂っていて視界も悪い。道だって一歩間違えば迷ってしまいそうな程に曲がりくねっている。いつどこに危険が潜んでいるか分からないのだ。

その為ボスゴドラはもう少し慎重に行こう、との服の裾を、大きな手からは想像もつかないような静かな動作で引いた。それでもは再度大丈夫だと笑うと、地図を左手に持ち、右手でボスゴドラに手招きをして歩き出した。こうなってしまってはもう一度注意をした所で聞かないだろう、と判断したボスゴドラは、より一層辺りを警戒しながらの後を追う。



それから暫くの間二人は黙々と歩き続けていたのだが、徐にが足を止めたことで、ボスゴドラの足も自然と止まった。そして突然足を止めたに何だか嫌な予感を感じ、不安そうな瞳での顔を見つめる。

「おかしいなあ。ここらで分かれ道になるはずなんだけど」

は地図を両手で広げて顔を顰めた。ボスゴドラも隣から地図を覗く。

「ちゃんと地図通り歩いてきたのになあ……どこかで間違えたのかな?」

だから言ったじゃないか。そう思ったボスゴドラがの顔を覗きこむと、ボスゴドラの言いたいことが分かったのかは苦笑する。しかしすぐにぱっと笑顔を浮かべると、立ち止まってても仕方ないし、と再び歩き出そうとした。その瞬間だった。


何者かの気配を察知したボスゴドラが咄嗟にの体を引き寄せると、ほんの数秒前までが立っていた場所に氷でできた礫が飛んできて、そこに落ちていた木の葉が舞った。

「わっ、わっ!」

驚いたが声を上げると、ボスゴドラがを庇うように自分の背に隠し、辺りを鋭い瞳で見回した。

「そこっ!」

視界の端で揺れた叢を見逃さなかったが、その叢を指差す。そしてその言葉を聞いたボスゴドラが叢に近寄ると、鋭い爪で草の塊を裂いた。するとそこから黒い影が飛び出して、達の前にその姿を現す。鋭い眼と鋭い鍵爪を持った、野生のニューラだ。

雪山でもないのに姿を現したニューラに、は驚いた顔をする。どうしてこんな所に、そう思ったが、の元に戻って来たボスゴドラが指示を促すように振り返ったことではっとすると、ボスゴドラの後ろからニューラの姿を見つめ直した。どうやら大人しく引き下がってくれそうには無さそうだ。そう判断すると、指示を出す。

「ストーンエッジ!」

ボスゴドラが両手を地面に叩き付けると、地面に亀裂が走り、ニューラの元へと到達すると同時にそこから尖った無数の岩が地面から飛び出した。ニュ-ラはそれを持ち前の高い素早さで避けると、両手を叩き付けたままの体勢でいたボスゴドラに一気に詰め寄って、ボスゴドラの片手を踏み台にするとその横顔を思い切り蹴りつけた。その強烈なけたぐりに、ボスゴドラの巨体がよろめく。

けたぐりを覚えているということは、恐らくトレーナーの手によって逃がされたポケモンなのだろう。そう考えながら、はボスゴドラに声を掛ける。

「耐えて、アイアンクロー!」

よろめいた勢いを利用してその場でくるりと回るとボスゴドラが鋼のように硬い爪を振りかざし、その鋭い爪がニューラの体を掠めた。ニューラは飛び下がると一度距離を取り、ふーっ、と威嚇するように声を上げる。そしてどうするのかと思いきや、一直線にボスゴドラへと向かってきた。

「迎え撃つよ!アイアンヘッド!」

ボスゴドラが前傾になってアイアンヘッドの体勢を取ると、ニューラはにやりと不気味に笑った。そしてボスゴドラの少し前で高く飛ぶと、ボスゴドラの背に乗り、ボスゴドラを飛び越え、へとその鋭い鍵爪を伸ばす。

「ボスゴドラっ!」

まさか標的をこちらに変えるなんて。

まるでスローモーションのようなスピードで迫る鈍く光る鍵爪を見ながら、はそんなことを考えていた。そしてああ駄目かもしれない、と目を瞑る。だが、その僅か数秒後に聞こえたのは、ぎゃあ、という苦しそうなニューラの声と、自分のすぐ傍で鋭い爪が空を切った音だった。

ボスゴドラが咄嗟にもう一度放ったストーンエッジが、ニューラを吹き飛ばしたのだ。



恐る恐る目を開けたは、吹き飛ばされて少し離れた場所で気絶しているニューラを確認すると、ボスゴドラに駆け寄った。ボスゴドラは安堵した様子で胸を撫で下ろすと、をぎゅうと抱き締める。

「あ、ありがとう……」

僅かに震える声でが礼を言うと、ボスゴドラはを自分の体から離し、それからむっとした顔をした。だからあれ程もう少し慎重に行こうと注意したのだ。どこにどんな危険が潜んでいるか分からないのだから。

ボスゴドラの言わんとしていることをすぐに理解したは反省した様子で肩を落とした。

「ごめん。私が悪かったよ……」

それを聞いたボスゴドラはやれやれといった様子で溜息を吐くと、の手を取った。俯いていたが不思議そうな顔でボスゴドラを見上げる。ボスゴドラはの手を取ったまま歩き出した。

「もしかして、次の街に着くまでこのまま?」

慌ててボスゴドラの歩調に合わせたが問うと、ボスゴドラは首を傾げた。まるで何か問題でもあるのか、と言いた気な顔だ。それを見て、はいや、と口を噤んだ。

まるで迷子にならないように、先に走っていってしまわないように、親に手を引かれている子供みたいだと思ったのだ。それでも先程のこともあって、この方が安全だろうと考えたは、ボスゴドラの手を握り返した。
この日から、より一層がボスゴドラに子供扱いをされるようになってしまったのは、言うまでもないことである。


この手は離せそうにないな
20150616/2013七夕企画



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