昼間にも関わらず、森の中は重なるように広がった木々の葉によって太陽の光が届かず薄暗い。そんな薄暗い、しんとした空気の中、時折鳥ポケモンのものと思われる高い声が響く。

「でんきショック!」

が命じると同時に、ピチューは素早く駆け出した。転がっていた大木を蹴って飛び上がると、ヤミカラスに向かって電撃を放つ。ピチューの放ったでんきショックによって薄暗い森の中が明るく照らされ、叢から顔を覗かせていたオタチやミネズミが慌てて顔を引っ込めた。

至近距離にて苦手な電気タイプの技、でんきショックをもろに受けたヤミカラスは、大きな声を上げて地面に落ちる。それからよろよろと起き上がると、慌てて近くの叢へと姿を消した。それを見送ったは、ふう、と安心したように息を吐くと、ピチューに向かって両手を広げる。

「ピチュー、ありがとう」

広げた両手に飛び込んでくる小さな体を抱きしめると、ピチューはその小さな両腕を精一杯伸ばしてを抱きしめ返す。それからの体に頬を寄せ、甘えた声で鳴いた。


そんなピチューの頭を撫でながらは辺りを見回すと、座るのに丁度良さそうな、先程ピチューが蹴って飛び上がった大木とはまた別の倒れた大木に目を留めた。柔らかな草を踏み締めてその大木に腰を下ろすと、抱いていたピチューの体をそっと大木に下ろす。

「たくさんバトルをして疲れちゃってない?少し休憩にしようか」

昼前にこの森に入ったのだが、今までずっと歩き通しだった。その上ピチューは野生のポケモンが姿を現す度に、先程のように追い払ってくれているのだ。

がピチューの様子を伺うように見つめると、ピチューはの言葉に賛成するように笑った。その途端にぱちぱちと小さな音を立てて頬から僅かに電撃が放たれる。弱弱しい電撃だったのでには届かなかったが、それでも驚いたが小さく声を上げると、ピチューも驚いた様子で眼を見開いた。


ピチューは頬の電気袋が小さく電気を溜めることが下手なポケモンだ。その為驚いたり、今のように少し笑ったりしただけでもその弾みでこうして放電してしまうことがある。ピチューはを驚かせてしまったからか、しゅんとした様子で耳を垂れた。

「当たっていないし、平気だよ。それより、ほら。ピチューの好きなポフレがあるよ」

がピチューにポフレを差し出すと、ピチューはの手からそっとポフレを受け取った。そしてそれをゆっくりと齧る。今度は放電をしてしまわないように気をつけたのか、ポフレの甘い味にピチューが顔を綻ばせても、電気が放たれることは無かった。


ピチューはポフレを三つ食べると満足したのか、満足そうな笑顔でを見上げると、の膝の上にぴょんと飛び乗った。そしての体を、小さなその手で突く。それがピチューからの「撫でてほしい」というメッセージだということをは知っているので、ピチューの要望通りに頭を優しく撫でてやった。


バトルが大好きなピチューは、例え相手が自分よりも大きなポケモンでも臆することもなく立ち向かっていく。そうしていつだって勇ましく守ってくれるのだ。普段はこんなにも甘えたなのだけれども。
そう思うと、ついの口からは小さく控え目な笑い声が漏れていた。

ピチューは自分に触れる手のひらにうっとりとした様子で眼を閉じていたが、のその小さな笑い声にぴくりと耳を動かすと、不思議そうな瞳での顔を見上げた。

「ううん、何でもないよ」

がピチューの体を抱き上げると、ピチューは不思議そうな瞳で見つめることを止め、の体に頬を摺り寄せた。

そうして再びピチューの体を撫で始めただったが、自分の座る大木のすぐ傍にあるものを見つけると、ピチューの体を抱いたまま立ち上がり、そのあるものへと近寄った。そして屈みこむとそっと手を伸ばす。それから腕の中でじっと見つめていたピチューに、たった今手に取ったそれを差し出した。

がピチューに差し出したのは、可愛らしい小さな花だった。それを目にしたピチューは、花との顔を交互に見遣るとぱっと顔を綻ばせ、花を受け取ると小さな声で鳴く。それから花弁に鼻を寄せると、花の香りを確かめるように大きく息を吸い込んだ。

どうやら気に入ってくれたようだ、とも釣られて笑顔を浮かべていると、不意にピチューは花を手にしたままの腕の中をするりと抜け出した。そして辺りを見回すと、花を口に咥えて同じような花が咲いている場所へと駆け出す。その様子をが眺めていると、ピチューは自分がもらった花と同じ色の花を摘み、そしてすぐに戻って来た。

どうやらお返しに、ということらしい。がピチューから花を受け取ろうとすると、ピチューはの肩にするりとよじ登り、の髪に花を挿した。

「ありがとう。……でも、ちょっと私には似合わないかなあ」

は肩を竦めて苦笑する。と言うのも、は昔から家の中でじっとしているよりも外で駆け回っている方が好きで、可愛らしい服よりも動きやすい服を好んで着たり、髪も長く伸ばしたりはしない、どちらかと言うとボーイッシュな女の子だったのだ。

だがピチューはから離れてまじまじとを見つめると、まるで似合っていると言うように笑顔を見せた。

「……似合ってる?」

そんなピチューの様子に、困ったように眉をハの字にしたが尋ねると、ピチューはぶんぶんと大きく頷いた。

「ピチューがそう言ってくれるなら、いいかな」

森の薄暗い空気を拭い去ってしまうように、の声に重なって、ピチューの満足げな声が響いた。


君と私と、花二つ
20150126/2013七夕企画



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