頑丈で透明な壁の向こうを、色鮮やかで様々なポケモン達が泳いでいく。眼の前の澄んだ水の中を悠々と泳いで横切る桃色のサクラビスは、とても優雅だ。影の差す水槽の底の方では、水色のハンテールが怪しげに眼を光らせている。

サクラビスが横切った後をタッツーやケイコウオの群れが泳ぎ、その群れにシビルドンが目を奪われていると、「来て良かったね」という声が聞こえた。群れに少し置いていかれたタッツーを眺めていたシビルドンは、隣を見遣る。

「こんなに色んな種類のポケモンが、海にはいるんだね」

シビルドンが自分のことを見つめたことが分かったのだろう、#aname1#はそう言って水槽に目を向けたまま、笑みを浮かべる。自分の隣で、宝物でも見つけたような表情で水槽を眺めるに、シビルドンは同意するように小さく頷いた。の手がすっと伸び、シビルドンの頭を優しくなぞる。


旅の途中で訪れたコウジンタウンで、ここ、コウジン水族館にやって来たのは、当然のことだとシビルドンは思う。新しい場所へ訪れて、その場所に観光スポットとなるようなものがあれば、誰だって足を運びたくなるだろう。ただ、にとってこの場所は、「新しい場所にある有名な観光スポットだから」というだけでは無いことを、シビルドンは知っていた。

の手持ちには、海を渡ったり、海に潜れるようなポケモンがいない。そのため、今まで旅をして来て、一度もポケモンの背に乗って水の上を渡った事は無かった。水の上を渡る必要があれば、船に乗ってきたのだ。だから、陸では無く、海の中にどんな世界が広がっているかを知らないにとって、ここは正に宝物が詰まったような、宝箱のような場所なのだろう。



南国に棲むポケモン達が泳ぐ色鮮やかな水槽を満足いくまで眺めたのか、はシビルドンに目を向けると「そろそろ、次に行こうか」と声を掛けた。シビルドンは頷く。大きな水槽の前を歩くと、次は湿地帯のような水槽が見えてきた。小さな池程の浅さの水と、苔生した岩が並んでいる。

「ニョロモに、ニョロゾ……それから、ハスボーもいるね」

水槽の前で足を止めたは、またあっという間に水の世界に夢中になった。その横顔を眺めながら、自分が泳ぐことが出来たら、に水の、海の世界を直に見せてあげられるのに、とシビルドンは思わず苦い表情を浮かべる。

シビシラスだった頃、魚のような見た目で「水タイプで泳げるのでは」と勘違いをされて捕まった経緯を持つシビルドンだが、シビルドンは泳げないのだ。シビシラスが電気タイプで、進化を遂げてもなみのりが覚えられず、泳ぐことは出来ないということを知った時のは少し残念そうではあった。それでも大切に育てられて、今ではの手持ちの中でもエースのような立場にいるのだが。

「おーい、シビルドン。ねえ、どうしちゃったの」

いつの間にか、浅い水に浮かぶハスボーやニョロモを見ていたはずのが、シビルドンの顔を見つめていた。シビルドンははっとした様子を見せると、何でもないのだと、ふるりと体を震わせる。は安心したように笑うと、シビルドンの手を取り、次に行こう、と歩き出した。



昼過ぎに入ったコウジン水族館は、見る場所がありすぎて、出た時には夕方になる頃だった。コウジン水族館を出たは、シビルドンと手を繋いだまま8番道路の砂浜を歩く。

「ああ、楽しかったなあ。たくさんのポケモンが見られて、まだまだ私の知らないポケモンがたくさんいるんだなあって感動しちゃった」

ねっ、とがシビルドンに同意を求めるように目を向けると、シビルドンは頷く。だが、確かにコウジン水族館は楽しかったが、を乗せて泳げない悔しさも同時に感じ、シビルドンの内心は少し複雑な気持ちだった。

「でも、海の旅は、やっぱりしなくていいかなって思っちゃった」

突然がそんなことを言うので、シビルドンはの顔を不思議そうに見つめた。あんなに海への憧れを抱いたような瞳で、水族館の水槽を眺めていたのに。そう思っていると、シビルドンの怪訝な表情に気がついたが苦笑いをした。

「だって。最後に見た水槽、覚えてる?キバニアに、サメハダーでしょ。それにバスラオ。あんなポケモンが海にはうじゃうじゃいるんだよ。怖いじゃない」

の言葉を聞いたシビルドンは、水族館の出口付近にあった大きな水槽を思い出した。最初の方に見た、南国のポケモン達が泳ぐ鮮やかな水槽とは違い、少し薄暗い雰囲気の中に置かれた巨大な水槽には、眼をぎらぎらとさせたサメハダーやキバニアが泳ぎ回っていたのだ。そしてが水槽を眺めていたら、キバニアがの目の前の水槽の壁に頭突きをし、驚いたは悲鳴を上げてしまったのである。

「それに、プルリルも怖いし」

獲物を毒で痺れさせて、8000メートルの深海にあるという棲み処に連れていく。という、桃色と水色のプルリルが泳ぐ水槽にあった説明を思い出したのか、は喋りながら顔を青褪めさせている。確かに、海はちょっと怖いかもしれない。そう思ったシビルドンが頷くと、はそれに比べて、と言いながらシビルドンの手を握る手に力を込める。

「陸の旅ならいつでもすぐにシビルドンが守ってくれるし、安心だからね。海はやっぱりいいや。私も泳げないし」

シビルドンを捕まえた時は、海の旅も良いなあって思っていたはずなのだけれども。そう言ってが笑うと、シビルドンも釣られたように、眼を細めて笑ってしまった。

が水族館の水槽をきらきらと輝く瞳で眺めていたのは、目の前に広がる世界が物珍しかったからだったのだ。どうやら自分が泳ぐことが出来ないということは、はこれっぽっちも気にしていなかったらしい。

シビルドンは思わずの体に擦り寄った。突然のことに、急に甘えちゃって、どうしたの?と、が不思議そうな表情を浮かべている。それに首を振って見せると、海を旅することが出来ないが、その分、陸での旅はずっとを守ろう、と、シビルドンは強く思った。


水の向こうの世界
20141112/2013七夕企画



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