一緒に散歩に行こうと誘って来た癖に、外に出た途端にさっさと姿を隠した薄情な相棒はどこだろう、と、その道を一人でゆっくりと歩くは辺りを見回した。しかしどこにもその姿は見えないので仕方無しに溜め息を吐くと、風で運ばれて散ったのだろう、砂浜の砂が所々に薄く広がる道路を歩き出す。じゃりじゃりとが歩く度に響く音は、静かな空気の中でよく響いて聞こえた。
そうして一人淋しく道路を暫く歩いていると、道路の脇に砂浜へと下りられる階段が設けられた場所へと辿り着いたので、薄情な相棒が自分のことをどこにいたってすぐに見つけられるということを知っているは、迷うことなくその階段を下りる。十段程しかない階段を下りると、そこはもう一面砂浜だ。
そして砂浜の砂に足を取られないように気をつけながら寄せる波に向かって二、三歩程歩き出した時だった。不意に、ゾクゾクとした寒気が首筋を走る。
「ひっ……!?」
声にならない叫び声を上げて慌てて振り返ると、その視線の先、砂浜の上で腹を抱えて砂を散らしながらゲラゲラと笑い転げるゲンガーの姿が見えた。
「……ゲンガー!驚かさないでよ……」
冷たい手で触れられ、「おどろかす」を決められた首筋を片手で押さえながらが眉間に皺を寄せると、ゲンガーはわざとらしくその大きな口を両手で押さえた。しかしすぐに堪え切れない様子を見せると、大きく口を開けて笑い出す。
「一緒に散歩に行きたいって言うからせっかく外に出たのに、すぐにいなくなるし、驚かせられるし……何なのよ」
呆れたような表情で笑いながら、憎たらしく釣り上がっているゲンガーの口の端を摘んでやろうとが手を伸ばすと、ゲンガーの体をその手は当然のように擦り抜ける。自分の触れたい時には触れられて、こういう時には触れられないのだからずるい奴だ。そう心の中で呟くを眺めながら、ゲンガーはどうだと言わんばかりに、擦り抜けて所在無さ気に彷徨うの手を見て笑っている。
「……もう」
ゲンガーに笑われ、口の端を摘むことを諦めたが手を伸ばすのを止めると、ゲンガーはケケケ、と笑い声を上げてから砂浜をてくてくと歩き出した。はゲンガーが数歩歩いた所で、その後を追う。
僅かに白んでいた地平線の彼方は、先程よりもずっと明るくなっていた。もうすぐ太陽が地平線の上に顔を出すだろう。足を止めて海の上をぼんやりと眺めていたは、不意に嚔を一つし、それから鼻を啜った。明け方の寒い時間に潮風に当たり、更には人の体温を奪うとまで言われているゲンガーがすぐ傍にいるのだから、嚔の一つでも出て当然だ。
ゲンガーは嚔を聞き付けたのか、の数メートル先で振り返ると、砂浜の砂をリズムよく蹴りながらの元へと駆け寄り、それからの目をじっと見詰めた。先程の笑い転げていた時とは違う、不安そうな瞳だ。
「少し、冷えちゃったみたい」
自分の腕を抱き締めるように擦りながらがそう言うと、ゲンガーは今まで二人で歩いて来た方へと振り返り、そして指差した。帰ろう、と言っているのだ。
「そうだね。そうしようかな」
が頷くと、ゲンガーはの前を歩き出そうとした。しかし、その足はすぐに止まる。ゲンガーの手をが掴んだのだ。自分の腕を掴む手を眼にしたゲンガーは、自分の体に触れると余計に冷えてしまうだろうに、と思ったらしく、自分の体を透けさせた。ゲンガーの腕を掴んでいたの手が、空を切る。
「あっ、こら!」
が声を上げると、ゲンガーは困ったような顔をした。いつもは大抵にやにやと笑った顔をしているので、このような表情は珍しい。そんなゲンガーの顔を見つめながら、は笑った。
「ゲンガーと手を繋ぐと、確かに最初はひやっとするけれど、すぐに温かくなるから大丈夫だよ」
ゲンガーは未だに困った顔をしている。
「あーあ。ゲンガーと手を繋いで仲良く帰りたいのになあ」
が態とらしく肩を落としながら歩き出すと、観念したらしいゲンガーが数秒遅れてから早足で歩き出し、そしてに追い付くとその手を取った。隣に並んで歩くゲンガーを見たは、上機嫌で鼻歌を歌い出す。それを見たゲンガーが、呆れたように呑気なやつ、と呟くと、ゲンガーの鳴き声を耳にしたが、鼻歌を歌うのを止めてゲンガーへと目を向ける。
「何か言っ……くしゅん!」
へへ、と鼻をまた啜ったに、ゲンガーはやれやれ、と言いたげに鼻で笑った。だから止めとけと言ったのだ。自分なんかと手を繋いだら余計に冷えてしまうだろう、と。
生憎手のひらから伝わる温かさが心地好いので、家に着くまで離すつもりが、ゲンガーにはもう無いのだが。
熱を捕まえる/20140907
七夕企画
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