静かにざわめく木々の葉の音に混じって、和太鼓と笛の美しい音色が遠くで響いている。神社へと続く道で、早く早くと急かすようにの手を引くバクフーンに、思わずが笑った。

「分かった、分かった」

少しが足を早めると、バクフーンはの手をぎゅうと握り直して少しだけ急ぎ足になる。バクフーンは今日のこの夏祭りをずっと楽しみにしていたのだ。暮れ始めた空の下で、一際大きな和太鼓の音が響いた。


会場に近付くにつれて、人や人が連れているポケモンの数は増していく。それに比例して熱気も高まっていくようだ。が気を付けないとはぐれてしまいそうだと少し不安に思っていると、不意にバクフーンが立ち止まった。どうしたのかとバクフーンの顔を見上げると、バクフーンはの手をしっかりと握り直してから、今度はゆっくりと歩き出した。

何となく考えていたことが伝わったような気がして、が顔を綻ばせるとバクフーンもの表情に釣られたように笑った。夏祭りの会場である大きな神社は、もうすぐそこだ。空はいつの間にか夕暮れの橙色から、深い紺色へと姿を変えている。

そうしてゆっくりと並んで歩いて神社へと着くと、バクフーンは先程よりももっと歩く速度を落とした。その理由は分かっている。神社の中程に設置された祭櫓へと続く道は、両脇に様々な露店が並んでいるのだ。バクフーンはそれらの露店を分かりやすいほどに眼を輝かせながら、まるで一つ一つを吟味するかのように眺めている。

「バクフーン、お腹空いてない?何か食べる?」

が隣で今も尚露店に眼を奪われているバクフーンに声を掛けると、バクフーンは勢い良く振り返り、うんうんと頷いた。大きな身体の割りに可愛らしいその動作には吹き出してしまいながら何が食べたいかと尋ねる。バクフーンは辺りの露店を見回すと、たこ焼きを売っている露店を指差した。

「いいよ、一緒に食べよう」

今にもスキップでもしそうなくらいに上機嫌の手を引いて、は露店へと向かった。

***


鰹節がたっぷりと乗せられたたこ焼きを、大きな手で器用に爪楊枝を使って食べるバクフーンの横顔を眺めていたは、ぼんやりと昔のことを思い出した。

バクフーンがまだヒノアラシやマグマラシだった頃にも何度かこうしてお祭に来たことがあったのだが、その頃は進化を遂げる前ということもあって背が小さかったために、露店で何かを買ってもこうして並んで歩きながら食べることは出来なかった。
だから櫓へ続く石畳の道を外れ、境内にある丁度良い高さの石に並んで座り、綿飴やたこ焼きなんかを食べさせてあげたっけ。

そんな懐かしい思い出が蘇り、自然との頬は緩む。すると隣でが笑ったことに気がついたバクフーンが、もぐもぐと口を動かしながら首を傾げた。

「昔、お祭に来た時のことを思い出していたの」

それを聞いたバクフーンも、同じように自分が進化を遂げる前の小さかった頃を思い出したのか、ああ、と頷くと眼を細めた。それからたこ焼きの一つに爪楊枝を刺すと、の口元へと差し出す。突然のことに驚いてがバクフーンの顔と差し出されたたこ焼きを交互に見ると、バクフーンは更にへとたこ焼きの刺さった爪楊枝を差し出した。

「ありがとう」

まさか今度は自分が食べさせられるとは思いもしなかったので、つい照れくさそうに言ってから差し出されたたこ焼きに口を付けると、バクフーンは楽しそうに笑った。

***


射的に挑戦してみたり、ふわふわの綿飴に杏飴を食べながらのんびりと神社の中を歩き回って祭りも終盤に差し掛かった頃、とバクフーンは祭櫓の傍で盆踊りを眺めていたが、不意にひゅるひゅると高い音が聞こえ始めたことに気がつくと、はっとしたように夜空を見上げた。そすると次の瞬間、大きな音を立てて大輪の花火が夜空に咲く。夜空の闇を裂いて弾ける光の美しさに思わず目を奪われた二人はその場に立ち尽くし、同じように目を奪われて立ち尽くす周りの客達も、花火が一つ、また一つと打ちあがるごとに、わあと大きな歓声を上げた。

「綺麗だね……」

溜め息のように自然と漏れた言葉に、バクフーンもゆっくりと頷いた。次から次へと色や形を様々に変えて打ち上げられる眩しい花火が散らす光は、紺色の空を眩く照らす。祭り会場にいる全ての客達を惹きつけながら、花火は次から次へと止めどなく打ち上げられていった。花火を見上げていたは、視線は夜空へと向けたまま、口を開く。

「ねえ……また、一緒に見ようね」

バクフーンもと同じように夜空へと向けたままで、何も言わない。ただその代わりに、握り締めていたの手を、より一層強く握り締めた。

夜空に咲く/2013七夕企画



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