「いいよ、遊んでおいで」
その言葉を聞いた途端に、キモリはぱっと顔を輝かせてアゲハント達の元へと身軽に駆け寄って行った。その様子を、口元に笑みを浮かべながらは眺める。寒い冬の間はキモリが寒さが苦手なこともあってかどうにも家で大人しく過ごしがちだったが、ここの所少しずつ暖かくなってきたからと、今日この家の近くの公園を訪れてみたのはどうやら正解だったようだ。
公園の花壇に咲き乱れる美しい花々の上を舞うアゲハント達は、キモリが近寄っても然して驚く様子も無く、時折花壇の端に止まっては花に負けず劣らず美しい鮮やかな色の羽根を休めている。キモリは暫くそんなアゲハント達の様子を観察するように眺めていたが、軈て何かを閃いたかのような顔をすると、花壇の端に身を隠した。何をするのだろうかとベンチに座ったままのが訝しげに見つめていると、次にアゲハント達が花壇の端に止まって羽根を休めた時、何とキモリはぴょんとアゲハント目掛けて飛び付いたのだ。しかしアゲハントは涼しい顔をしてさっと僅かに身体を動かしてそれを避ける。アゲハントにかわされたキモリが、少し悔しそうな顔をしながら地面に着地した。
それを見ていたは、アゲハントがキモリの突然の行為に腹を立ててかぜおこしでもしたら大変だとベンチから立ち上がったが、アゲハント達は腹を立てる所かふふんとどこか余裕のある顔でキモリを見ている。どうやらこれくらいは何とも思わない、穏やかな性格のようだ。安心したがほっと息を吐いてベンチに座り直すと、キモリは丁度アゲハントに再び飛び付く所だった。
それから暫くの間、身を隠しそろりと近付いてはじゃれつこうとするキモリと、すぐに気が付いてひらりとかわすアゲハント達の攻防が続き、そんなほのぼのとした光景に思わずは笑ってしまった。小さく笑った筈だったが、人に比べて聴力が優れているキモリにはその声が届いたのだろう。キモリは花壇の陰に隠れていた体勢のまま振り返ると首を傾げ、それから身を隠すのを止めての隣へと跳んで戻ってきた。
「あれ、アゲハントと遊ぶのはもうおしまい?」
が尋ねるとキモリは腕を組んで苦々しい表情を浮かべた。どうしても寸での所でかわされてしまうので、諦めたようだ。アゲハント達はとキモリのやり取りを眺めながら、楽しそうに笑っている。
「ほら、そんな顔しないの。どう?ジュースでも飲む?」
隣に置いていた鞄から、公園に来た時に買っていたミックスオレを取り出し、苦々しい表情を浮かべたままのキモリに声を掛けるとキモリの眼がきらりと輝いた。缶の口を開けてやると、キモリはそれを両手でしっかりと持って口を付ける。半分程飲んだ所で缶をベンチに置き、キモリは再びアゲハント達の元へと駆け寄っていった。どうやらリベンジをするようだ。
それから暫くの間、再び遊び始めたキモリとアゲハント達の様子を眺めていただったが、暖かな春の陽気にうとうととし始めると、欠伸を小さくしてから目を閉じてしまった。
はっとして目を覚ましたが腕時計に目をやると、うたた寝をしていた時間は僅か十五分程だったが、 花の上を飛び回っていたアゲハント達は少し遠くの花壇の上へと移動しており、キモリがいなくなっていた。慌てたはベンチから立ち上がり、キモリの名前を呼ぶが返事は無い。どこへ行ってしまったのだろうかと焦って辺りを見回すと、すぐ近くの木が音を立てて揺れた。
「きゃっ!」
驚いたが後退ると、揺れた木の葉の中からキモリが姿を現した。
「……キモリ!いなくなっちゃったのかと思って心配したじゃない」
の言葉に返事をするようにキモリは鳴きながら、手を使わずに軽やかに両足だけで地面に着地すると、にその両手を差し出した。その手にはよく熟れたオレンの実があり、それを思わずは受けとる。
「これ、私に採ってきてくれたの?」
キモリは笑顔で頷いた。安堵の表情を浮かべたがお礼を言うと、キモリは少し得意気な表情を浮かべる。
「……あ」
キモリの顔を見てが声を上げると、キモリは首を傾げた。がオレンの実を左手で持ち、屈んでキモリの頭に右手を伸ばすとキモリは大きな眼を瞑る。
「葉っぱが付いてたよ」
小さな緑の葉をが指で摘まんで見せると、キモリは先程の得意気な表情とは一転、少し気恥ずかしそうな顔をした。ころころと変わるキモリの表情に、思わずが笑い声を上げる。するとキモリは腕を組んでをむっとした顔で見つめたが、すぐに釣られたように笑ったのだった。
やわらかな春/20140410
2013七夕企画
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