小さな町の外れにある、あまり目立たない家。そこのお世辞にもあまり広いとは言えない庭には、季節を問わず様々な花が美しく咲き乱れている。鮮やかで様々な花が季節と共に変わるので、野生のポケモン達がその色彩を楽しみに遊びに来ることも多々あり、その家に住むは、そんなポケモン達の様子を眺めるのが何より好きだった。

その日仕事が休みだったは、庭の端に邪魔にならないように置かれたガーデニングチェアに座り、庭を駆け回る二匹のエネコを眺時折めながらお気に入りの小説を読んでいた。二匹のエネコがそれぞれ上になったり下になったりを繰り返しながら、毬のように弾んで駆け回る姿はつい笑顔が浮かぶ。暫くの間が小説を読み進めることを忘れてエネコ達の観察に耽っていると、ふいにの視界の端に黒いポケモンが姿を現した。驚いたはエネコ達から視線を外し、そちらへと目を向ける。

「こんにちは」

声を掛けるとそのポケモンはゆっくりとの方へと身体を向け、それから低い声でああ。とだけ言葉を発した。

「ダークライもエネコ達と遊んだら?」

が笑ってそう冗談を言うと、その黒いポケモン───ダークライは苦笑しながら、いや、止めておこう。と笑った。ダークライは、一月程前からこの庭に訪れるようになったポケモンだ。偶然この近くを散歩していた際に、庭の鮮やかさに眼を奪われたらしい。それ以来他のポケモン達と同じようにこの庭を気に入ってくれたのか、時々こうして訪れては庭の花を楽しみ、そしてとも会話をするようになったのである。ダークライは庭の隅から隅へと眼を向けると、ふわふわと庭の中を漂い始めた。突然現れたダークライに驚いて動きを止めていたエネコ達も、再びころころと転げ回り出す。そんな穏やかな様子に笑みを浮かべると、は小説を読むことを再開した。


***


暫く小説の世界に没頭していたは、がしゃん、という音を聞いてはっとしたように顔を上げた。見ると、少し離れた所でダークライが困ったような顔をしており、その隣ではエネコが元気無く耳と尻尾を垂れている。

「今の音は何?どうしたの?」
「すまない。……エネコ達がプランターをひっくり返しそうなのを止めたら、私が身体をぶつけて鉢を落としてしまった」

ダークライの言う通り、ダークライの傍には吊るされていたはずののお気に入りの鉢が無惨に割れてしまっており、そこから飛び出した土と花が散らかっていた。は小説をガーデニングチェアに置いて立ち上がると、ダークライ達の元へ近付く。ダークライと二匹のエネコが並んでしょんぼりとしている姿は本人達には申し訳ないのだが何だか可笑しくて、は思わずふふ、と笑い声を漏らしてしまった。そんなを、三匹は不思議そうに見つめる。

「別にこれくらい、すぐ他の鉢に移すから大丈夫。それよりみんなは、怪我とかしてない?」

ダークライと二匹のエネコが顔を見合わせて頷くと、は安心したような表情を浮かべた。

「なら良かった。ここ、片付けちゃうからちょっと離れててね」

その言葉通りにダークライ達が離れたのを見ると、すぐに空いている鉢を探しに庭の隅へと向かう。丁度よく空いていた鉢に花と土を移している間、隣ではダークライとエネコ達が酷く落ち込んでいたが、が綺麗に移し終えた花を見せると漸く安心したような表情を見せた。

「ほら、また遊んでおいで。でもプランターとかには気を付けること。いいね?」

の言ったことにエネコは揃って頷くと、またにゃあにゃあと声を上げて走り出す。エネコ達を眼で追っていたダークライは、へと視線を移すと何かを言おうとした。しかしそれを遮ってが口を開く。

「もう、謝るのは終わり。そんなに気にしなくて良いんだって!」

ダークライがうう、と唸るとは声を上げて笑った。そして丁度鉢を入れ換えて模様替えをしようかと思ってたし、逆に丁度良かったのかもしれないな、と呟く。そのの言葉を聞いて渋々ながらもダークライは何とか納得したらしく、再び庭の花々を眺めだしたのだった。


そしてそれから三日程過ぎた日のことだ。その日は庭で水浴びをしたポッポ達が、濡れた羽を乾かすように柵の上で日向ぼっこをしていた。がポッポの傍に立って太陽の暖かさに丸くなるポッポの頬を指先で撫でていると、不意に吹いた風が、の髪を揺らす。が顔を上げて振り返ると、庭置かれたガーデニングチェアの傍にダークライが佇んでいた。

「こんにちは、ダークライ」
「ああ」

ポッポの頬を撫でるのを止めてダークライの元へ向かいながらが話し掛けると、ダークライはいつものように返事をする。それから、怖ず怖ずとした様子で身体の後ろに隠すようにしていた手をに差し出した。差し出されたダークライの手には、赤い色の可愛らしい花が数本握られている。驚いた様子でがまじまじと差し出された花を見詰めていると、ダークライは少し照れ臭そうに顔を背けた。

「この前はすまなかったな」

ダークライは、やはり気にしていたのだ。はいいと言ったが、あの割れてしまった鉢は一番のお気に入りだったことを。そしてそのお詫びにと、こうして花を摘んで来てくれたのである。

「……ありがとう。すっごく嬉しいよ」

が笑顔で花を受けとると、ダークライは背けていた顔をに向けてほっとしたように笑った。

みたいに花に詳しくは無いから何の花かは分からないが、綺麗だと思ったんだ」
「この花はアネモネ、かな。春先に咲く花だよ」

そこまで言った所で、はあ、と小さく声を上げた。ダークライが不思議そうな顔をする。

「赤いアネモネって言えば……確か……」
「……何だ?どうした?」

ダークライが尋ねると、がにんまりと笑顔を浮かべた。それからへえ、ふうん、と意味深に頷く。

「花言葉って知ってる?」
「……花それぞれに意味があるとか何とか言うやつだったか」

ダークライが答えると、はそう、と頷いた。そこで何かに気が付いたのか、ダークライは怪訝そうな表情を浮かべる。

「その花……アネモネ、だったか。それは何かまずい花言葉なのか?」
「アネモネはアネモネでも、赤いアネモネの花言葉が問題なの」
「一体、何なんだ」
「赤いアネモネの花言葉はね」

そこまで言ってから、は意地悪そうに笑った。ダークライが首を傾げる。

「だーめ。やっぱり教えてあげない」

なっ、とダークライが声を上げるとはくすくすと笑い声を漏らした。ダークライがに詰め寄るが、は気にせずダークライがねえ……と言いながら、ダークライのことをまじまじと見詰める。

、教えるんだ」
「だめだって。これは私だけの秘密にしておくよ」

そう言ってはダークライに貰った赤いアネモネの花束を見詰めてはにかんだ。花のことなんて何も分からないダークライが摘んで来てくれた赤いアネモネの花言葉は、君を愛す。ダークライにはこの花言葉を教えてあげるべきか。それとも、まだ教えないで自分だけの秘密にしていようか。そう考えて、はまた笑ったのだった。


秘密の言葉/2013七夕企画
20140318



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