そうしてガバイトが歩いていると、軈て少し小さな公園に辿り着いた。この公園は、ガバイトがまだフカマルだった頃によくと一緒に遊びに来た公園だ。ブランコも滑り台も、昔に比べて所々鮮やかな色の塗装が剥げてしまっている。ガバイトはそれらの傍を通り過ぎると、公園の一番奥にあるベンチへと座った。頭上に広がる昼過ぎの空は憎たらしくなる程の晴天だ。ガバイトは暫くの間青空を睨み付ける様に見つめていたが、やがて大きな欠伸を漏らすと眼を閉じる。このままこうしていれば、嫌なことを忘れて昼寝が出来そうだ。───そもそもどうしてガバイトがこのように不機嫌なのかというと、一時間ほど前にと喧嘩をしたことが原因だった。
今日は朝から天気が良かったので、ガバイトはと庭でのんびりと過ごしていた。時々吹く、爽やかな秋の風が心地好い午後のことだ。は薄手のカーディガンを羽織って庭に置かれた小さなガーデニングチェアに座って本を読んでおり、ガバイトはそのすぐ隣で鱗の手入れをしていた。暫くして右腕の鱗の手入れを終えた辺りで、何だか喉が渇いたなと思ったガバイトは立ち上がる。突然立ち上がったガバイトにが本から視線を外すと、ガバイトはぐるると喉を鳴らした。
「なあに、どうしたの」
本を閉じ、膝の上に置いたに頭を撫でられて、ガバイトは機嫌良さそうに眼をじた。それからの手の下からするりと抜け出すと、庭の奥の水道の方へと向かう。はガバイトが庭の奥へと向かったのを見て、水道で水を飲むのだろうとすぐに分かった。そしてガバイトが尻尾を揺らしながらプランターの傍を曲がったのを見送ると、また膝の上の本を手に取った。
水を飲み、ついでに庭に成っているオレンの実をいくつか食べたガバイトが漸くのいる所へと戻って来る途中、ガバイトはのいる方を見て眼を見開いた。少し離れた所に見えるの膝の上に、見慣れないポケモンがいたのだ。昔、フカマルだった頃は自分もの膝の上に無理矢理乗ったりしたっけ。それにしても、誰だあいつ。そう思いながらガバイトはむっとした表情での元に向かう。ガバイトが近付くと、がガバイトに気が付いて顔を上げた。
「ガバイト、おかえり」
の言葉にぎゃう、と鳴きながら、ガバイトはの膝の上でキーの実を齧るポケモン───パチリスを睨み付けた。はそんなガバイトの視線に気が付かなかったのか、パチリスの頭を撫でると笑う。
「パチリスなんて、この辺りじゃ珍しいよね。それにしても可愛いなあ」
パチリスは野生のポケモンなのに人懐っこいようで、頭を撫でるの手のひらにきゅうきゅうと喉を鳴らす。途端、ガバイトはパチリスに向かって唸り声を上げると、驚くを他所にパチリスへと向かって牙をがちがちと鳴らした。驚いたパチリスは齧りかけのキーの実を放り出し、の膝の上から飛び下りた。そうしてあっという間に姿を消してしまったのだ。
「こら、ガバイト。どうしてそういうことをするの」
パチリスが姿を消した方を驚いた表情で見つめていたがそう咎めるように言うと、ガバイトはをじろりと睨むとふん、と鳴らして駆け出す。後ろでの呼ぶ声が聞こえたが、ガバイトは振り返らなかった。───そして、今に至る。
ベンチに座っていたガバイトは、閉じていた眼を開けると溜め息を吐いた。いくら振り払おうと、去り際に見たの怒ったような悲しそうな顔をどうしても何度も思い出してしまうのだ。幾分冷静になった今では、あの野生のパチリスに腹を立てた理由も子供じみた理由だと分かっていた。何と無くを取られたような、そんな気持ちになったのだ。意地っ張りな性格でさえなければ、あの場で自分もパチリスのようにに甘えることが出来たのかもしれない、ちらりとそんなことを思ったが、もう今更後悔しても遅かった。
やがてゆっくりとガバイトはベンチから降りると、公園を抜けて再び歩き出した。冷静さは取り戻してはいたが、何と無くもう少し散歩をしていたい気分だったのだ。
日が暮れても帰ってこないガバイトに、は酷く焦っていた。先程から今にでもガバイトが帰ってくるのでは無いかと庭をうろうろと落ち着きなく歩いているのだ。ガバイトがどこかへ行ってしまってからすぐに街へと探しに行ったがガバイトの姿は見当たらず、その帰りにガバイトがまだフカマルだった頃によく連れてきた公園にも寄ったが、ガバイトはいなかった。心当たりのある場所は全て探したのだが、ガバイトはどこにもいないのである。
思えばガバイトは意地っ張りな性格で、その癖他より少し甘えたがりな所が昔からあった。きっとガバイトはあの野生のパチリスにやきもちを焼いたのだろう。フカマルだった頃は膝に乗せてあげたりもしたが、ガバイトへと進化をしてからは幾分身体が大きくなったことで、膝に乗せることはめっきり無くなってしまっていた。そう考えるとガバイトには悪いことをしたな、とが溜め息を吐いた時だ。不意に庭のすぐ傍の叢が音を立てて揺れたかと思うと、泥だらけになったガバイトが姿を現したのだ。
「ガバイト!」
驚いたが駆け寄って服が汚れることも気にせずガバイトの首に抱き付くと、ガバイトはぐう、と苦しそうな声を漏らした。見ると、ガバイトは何かを口に啣えている。それに気が付いたが不思議そうな顔をすると、ガバイトはの手に口を押し付け、そして口に啣えていた何かをの手のひらに置いた。
「これ……」
の手のひらの上で、沈みかけの太陽の光を浴びて真っ赤に光るそれは美しい宝石だった。手のひらに収まる程の大きさのその宝石は、夕陽の色を取り込み、眩しく輝く。───ガバイトは公園を抜けた後、ふらふらと散歩をしていて洞窟へと辿り着き、そしてつい先程までと仲直りをしようとずっと洞窟を掘ってこの宝石を探していたのである。そのため酷く泥だらけになっていたのだ。そしてが宝石のその美しさに目を奪われていると、に抱き締められたままだったガバイトが、の顔色を伺うような怖ず怖ずとした様子で鳴いた。
それがまるでもう怒ってないかと尋ねているような気がして、は笑った。最初から怒ってなんていないよ、と。そして今度はがガバイトに同じように尋ねた。私の方こそごめんね、ガバイトはもう怒ってない?そう尋ねられたガバイトは、と同じように笑う。そしての首に額を寄せると、いつもは意地を張って出来ない、きゅう、と甘えるような声で鳴いた。その声を聞いたは、ガバイトを強くもう一度抱き締める。の手に握られている宝石が、ガバイトの心を映したかのようにきらきらと鮮やかに輝いた。
こころのかけら/20131108
2013七夕企画
2013七夕企画