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ふと夜中に眼が覚めた。薄いカーテンと閉じられた窓の隙間からは、数日前の満月から少しずつ欠けだした月が見える。一体何時頃なのだろうかと思いながら静かに立ち上がると、私の背に乗っていたの手がはらりと落ちて、ベッドの側面に当たってぽすんと柔らかな音を立てた。どうやら私のことを撫でているうちにも眠ってしまったようだ。
を起こしてしまっただろうかと思いの顔をそっと覗き込んだが、は静かな寝息を立てている。それを見て安堵した私は、ベッドから離れると部屋の端に置かれた机の上にある小さな時計を見た。窓から滑り込んだ淡い月明かりが、時計の針を浮かび上がらせて深夜三時を過ぎた所であると教えてくれている。時刻を確認した私は机から窓へと近付くと、カーテンの外側へと頭を潜り込ませた。少し冷えた窓硝子が頬に触れてほんの少し身震いする。そして窓の外で煌々と光る月が美しく、思わずそれに見とれているとベッドの方で布が擦れる様な音がした。
「……、あれ……ウインディ、ウインディ」
どうやらが起きたらしい。すぐにベッドの方へと顔を向けると、が上半身を起こして目を擦っていた。
「ん……、こんな夜中に起きて、どうしたの」
眠いのだろう、あまりはっきりしない声でそう言いながらは布団をベッドの端へと退けると、すっと立ち上がる。それから私の元へとやって来ると、床に伏せている私の顎へと手を伸ばした。
「眠れないの?」
しゃがみ込んだに優しく撫でられながら先程よりも幾分はっきりとした声で尋ねられた私は、別にそういう訳では無いのだと首を振る。するとはそれならどうしたの、と笑った。ただ、ふと眼が覚めただけで特にこれといった理由も無い私は、の頬に自分の頬を寄せる。は擽ったそうに身を捩ったが、私の首に腕を回すとぎゅうと抱き締めた。
「ほら、ちゃんと寝ないと。ね?」
暫くしてから立ち上がるとはそう言って私の頭を二、三度程撫でる。そして寝よう、と口にしてベッドへと戻るの後を追い、がベッドに再び横になると私もベッドの隣に横になった。途端にの手が背中の上に乗る。暫くするといつものようにの手のひらがゆっくりと背中の上を滑り出したので、私は欠伸を一つ溢すと眼を閉じた。このまま数分もすれば眠れそうだ。
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「ウインディ、ねえ、まだ起きてる?」
もう少しで眠りに就くという所で不意にの手が止まり、更には声を掛けられたので私は不思議に思いながらもそっと顔を上げた。は眠そうな私の顔に気が付いたのか、少し申し訳なさそうな顔をする。
「せっかく寝付けそうだったのにごめんね。あのね、良かったらこっちに来ない?」
そう言ってがぽんぽんとベッドを叩いたので、私は首を傾げた。の使っているベッドに私との二人で眠ったらぎゅうぎゅうであるということは、進化した時に体験済みである。そのため私はこうしてのベッドの隣で眠っているのだ。
「狭いって言いたいんでしょう。でも、何だか二人でベッドでぎゅうぎゅうしながら寝るのが急に懐かしくなっちゃって」
それを聞いた私はやれやれ、なんてわざとらしい素振りを見せながら起き上がると、ベッドにそろりと上がった。僅かにベッドが軋む。それから床で寝る時のように横になると、透かさずが私のからだに抱き付いた。
「うん、懐かしいや。やっぱり狭いけど」
そう言って笑ったに釣られるように私も笑った。何故ならベッドから私の尻尾は半分もはみ出しているし、の背中も気を抜いたら落っこちてしまいそうなのだ。布団をしっかりと掛けたは、落ちないようにと私により一層抱き付いた。進化を遂げる前、の腕の中でぎゅうぎゅうに抱き締められながら眠っていたことを思い出す。胸の温まる懐かしい記憶に包まれて、すぐにでも眠れそうだ。
「……おやすみ、ウインディ」
小さく唱えられた声に応えるように私は鼻を鳴らした。窓の外ではゆっくりと夜が更けていく。
優しく眠りに就く魔法/20130927
2013七夕企画
2013七夕企画