カクレオンの少しざらついた肌を撫でながら、はきょろきょろと忙しなく動くカクレオンの瞳をじっと見つめた。カクレオンの視線は部屋に吹き込む風にはためくカーテンから床に映る太陽の光へ移り、それから花瓶に活けられた白い花、先程とは別の窓の外を横切ったポッポへ、そして自分の顎を撫でるの指先をなぞり、最後に微笑を浮かべるの顔へと辿り着く。はカクレオンの視線に気が付くと、カクレオンの顎を撫でるのを止めて代わりに頭を撫でてやった。カクレオンの喉がきゅるきゅると鳴っている。機嫌よく鳴る喉の音に思わずが目を細めると、カクレオンはくるりと巻いた尾をぱたぱたと振った。

「ご機嫌だね」

が笑うとカクレオンも釣られたように笑って頷いた。それから撫でるのを忘れたかのように止まっているの手に、カクレオンはぐいぐいと頭を押し付ける。ごめんごめん、と謝りながらがカクレオンの頭を再び撫でると、カクレオンの喉が先程と同じようにきゅるると鳴った。そうしてとカクレオンが穏やかな昼下がりを過ごしていると、開け放たれた窓から先程よりも冷えた風が吹き込んだ。思わずカクレオンを撫でる手を止めてがふるりと震えると、カクレオンはきょとんとした顔で首を傾げる。

「最近少しずつ涼しくなってきたね。窓、少し閉めようかな」

そう言っては立ち上がると、リビングのカーテンが揺れる窓へと近付いて窓をほんの少し閉めた。吹き込む風の冷たさが和らぐ。窓を閉めてからが振り返ると、たった今までフローリングの床に座っていたカクレオンの姿が消えていた。あれ、とは不思議そうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべる。カクレオンは身体の色を巧みに変化させて周りの景色に溶け込み、姿を隠すことが得意だ。そのためカクレオンはこうして時々いきなり姿を隠すと、を驚かせるのである。

「カクレオンはどこに行っちゃったのかな」

態とらしい口調で言うと、どこかでカクレオンがケラケラと笑う声が聞こえた。こうしてカクレオンが笑う時はいつも口元に両手を当てて笑うので、今もきっとそうしているのだろうなと思いながらはリビングの隅に置かれた背の高い観葉植物の鉢を少しずらす。カクレオンが姿を隠せる程の高さではある観葉植物の陰だがどうやらそこにはカクレオンは隠れていなかったようで、カクレオンの楽しそうな笑い声が聞こえただけだった。

「ここだと思ったんだけれどなあ」

カクレオンは隠れながら移動しているのか、小さな足音がしたかと思うとから少し離れた場所でぱちぱちと手を叩く音がした。そのカクレオンが手を叩いた音がした方へ、はずらした観葉植物の鉢を元の場所へと戻してから向かう。開いたままだったリビングから玄関へと続く扉を通る際、の足によく知った感触の何かが掠めるように触れた。少しざらついた皮膚のカクレオンの尻尾だ。更にはカクレオンが唯一色を変えることの出来ないお腹の赤いギザギザの模様が見えた。

「あっ、こら!」

咄嗟にがそこに向かって手を伸ばすも、カクレオンは間一髪でかわしてあっという間に姿を隠したらしく、どこからかふふん、と得意気に笑う声がした。

「もう、今度はどこに隠れたの?」



ほら、出てきて。と呼び掛けながらよく目立つ赤いギザギザの模様を探すが、カクレオンは一向に姿を見せない。は再びリビングを通り今度はキッチンへとやって来た。キッチンにはカクレオンが姿を隠せそうな場所は無かったが、は何かを思い付いたような表情を浮かべた。そしてキッチンの戸棚を開けると、ある物を取り出す。カクレオンのためにと先日買い物に出掛けた時に買ったポロックだ。

「そういえば、この前ポロックを買ったんだよね」

がたん、とリビングの方から音がしたかと思うと、続いて慌てたようにぺたぺたとフローリングを走る足音がした。敢えてそちらへは振り向かず、は言葉を続ける。

「でも、カクレオンは出てきてくれないし、どうしようかなあ」

のすぐ後ろできゅるきゅるとカクレオンの喉が鳴る音がした。はつい笑ってしまいそうになるのを堪えながら、戸棚から取り出したポロックの袋をキッチンカウンターに置く。そして素早く振り向いてしゃがみ込むと、すぐそこにあった赤いギザギザの模様を捕まえたのだった。

「カクレオン、見っけ」

の腕の中に閉じ込められたカクレオンは身体の色を元に戻すとはっとしたような顔をした。はカクレオンの頭を撫でて笑うと、カクレオンはの胸元にこつんと額を当てて釣られたように笑い声をあげる。

「さ、おやつの時間にしようか」

カクレオンは嬉しそうに首を振り、それからするりとの腕を抜け出した。そして立ち上がったからポロックの袋を受け取ると、それを抱えてリビングの方へと向かう。は冷蔵庫からカクレオンのためにと木の実ジュースを取り出すと、カクレオンの後を追ってリビングに向かったのだった。

しあわせの日常/20130918
2013七夕企画


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