夜の帳が下りつつある空には青白い光を放つ星達が疎らに散らばり、その下をヤミカラス達が群れを成して森のある方へと飛び去ってゆく。それを窓からぼんやりと眺めていたは、不意に背中をつつかれたのでぱっと振り返った。が振り返った先にはのパートナーとも言うべきポケモン、シンボラーがふわりと浮かんでいる。の背中をつついたのはこのシンボラーだ。

「なあに、シンボラー。どうしたの」

シンボラーがに一層近寄ると、は笑みを浮かべながらシンボラーの頬を撫でてやった。擽ったそうに身を捩りながらの手のひらに頬を擦り寄せるシンボラーの丸い眼が、すっと穏やかに細められる。それからシンボラーは艶やかな闇のように真っ黒い翼を数度羽ばたかせると、の後ろに回り込んだ。が一体どうしたのかと首を傾げて自分の背後に回り込んだシンボラーへと振り返ると、シンボラーは突然自分の額での背中をぐいぐいと押した。

「わあ、ちょっと……どうしたの!こら、シンボラー!押さない!」

急に強く押された為に慌てたが声を掛けるも、シンボラーは聞いているのかいないのか、一瞬ぴたりと動きを止めたかと思うとまたすぐにの背中を押し出した。これは聞きそうに無いなと判断したは、仕方無くシンボラーに押されるがままに歩き出す。



「散歩に行きたいの?」

シンボラーに押されてやって来たのは玄関で、シンボラーに訪ねつつも素足だったはサンダルを履く。するとシンボラーはゆっくりと頷き、が両足ともサンダルを履いたのを確認すると再びの背中を押したのだった。あまりにも必死にシンボラーが押す為、玄関のドアノブに手を掛けようとしたが先程のようにどうしたのかと尋ねると、シンボラーはいいから早く、と急かすように念力でドアを開ける。そしての背中を押すのを止め、よりも先に外に飛び出すとくるりと振り返った。シンボラーは感情をあまり表に出さない為に普段から何を考えているのかあまり掴めないが、今日は尚更何を考えているのか分からないや、とは思わず苦笑する。しかしシンボラーはそんなを余所に何度か空を見上げると、翼を二、三度はためかせた。そしての背よりも少し高い所に飛び上がると、その丸くぱちりとした眼を怪しく輝かせる。

「……シンボラー?っ、わあ!」

シンボラーの名前を呼んだは思わず叫び声を上げた。何故ならシンボラーの眼が怪しく輝いたかと思うと同時に、の身体がふわりと宙に浮かび上がったのだ。慌てたがシンボラーに目を向けると、シンボラーはくすくすと笑っている。前にも何度かシンボラーのサイコキネシスにこうして宙に浮かび上がらせられるという悪戯をされたことはあったので、は宙に浮かんだまま腕を組むと笑い声を漏らし続けるシンボラーに声を掛けた。

「もう、びっくりするじゃない」

シンボラーは可笑しそうに眼を細めながらの頬に自分の頬を寄せると、ゆっくり空へ舞い上がった。そしてがシンボラーの姿を見上げていると、の身体もシンボラーを追うように浮かび上がる。

「えっ、ちょっと……!」

いくら前にもサイコキネシスで宙に浮かび上がらせられる悪戯をされたことがあったとは言え、それはあくまで家の中でのことだ。その為どんどん離れてゆく地上に思わず恐怖を覚えたは、シンボラーの名前を不安気に呼んだ。の少し先を羽ばたいていたシンボラーはすぐにの元にやって来ると、が伸ばした手に自分の身体をするりと滑り込ませた。はシンボラーの身体にしっかりと抱き付くと、安心したように小さく息を吐く。するとシンボラーはゆっくりと前に進みながらも僅かに高度を下げ、寄り添うに大丈夫かと問うように首を傾げた。

「ちょっと怖いけど、大丈夫……かな。シンボラーが傍にいてくれたら、平気」

どこへ向かっているのやら、ゆっくりと前へ前へと進むシンボラーの身体に抱き付いたまま、はぎこちなく辺りを見回した。ゆっくりと流れてゆく遥か下の地上は昼間の騒がしさが想像できない程に静まり返り、ぽつぽつと疎らに街灯が散らばっていてまるで星空のようだ。その光景の美しさに思わず息を飲んだは、長い間言葉を発することも忘れて地上に広がるその星空を眺めていた。
そして暫くすると満足したのか、地上から目を逸らすと何かを思い付いたように恐る恐る宙に投げ出したままだった足を踏み出した。そしてはシンボラーの身体に回していた両手のうち左手はそのままに、右手をそっと離してバランスを取るように広げると、まるで地上を歩くかのようにシンボラーの進む速度に合わせて歩き出したのだ。

「空を歩けるなんて、夢みたい……」

がそう言うとシンボラーは笑って頷く。サイコキネシスのお陰での足取りはふわふわと軽いもので、はその地上では味わうことの出来ない感覚に思わず笑みを溢した。そうしてが「空中を歩くこと」に夢中になっていると、不意にシンボラーが歩みを止めた。シンボラーの腰に左手を回していたの歩みも自然と止まる。足を止めたはどうしたのかとシンボラーに尋ねようとして、思わず言葉を失った。の遥か下の地上には広大な森が広がり、反対にの頭上には街では見られないであろう、眩しい程の満天の星空が広がっていたのである。思わずが感嘆して息を吐くと、シンボラーもに倣うように空を見上げた。そして驚くことに、とシンボラーの見上げる夜空に、星が光の尾を引いて流れ始めたのである。そう言えば、数日前にテレビで近々流星群が見れるなんて言っていたっけ。そう思いながらは徐々に数を増す流れ星の群れを見詰めていた。

「シンボラーは、私をここに連れて来たかったの……?」

が星空からシンボラーへと目を向けてそう口にすると、シンボラーは空を見上げながら頷いた。あんなにも急かしていたのは、自分に流星群を見せる為だったんだ、そう気付いたはシンボラーの身体を強く抱き締める。シンボラーは大人しくの身体に寄り添った。


流れるたくさんの星に何を願おう。ああでもその前に、こんなにも素敵な場所へと連れてきてくれたパートナーにありがとうを伝えよう。───はシンボラーを抱き締める腕を緩めると、今にも溢れそうな気持ちを伝えるべくそっと口を開いた。


星が流れる夜空にて/20130816
2013七夕企画


戻る