もうすぐで昼になるこの時間、部屋の窓の外には眩しい陽射しが惜しみ無く降り注いでいる。家の中でさえもやや暑いというのに、外はどれだけ暑いことだろうか、と窓の外を眺めながらは思った。窓から風が吹き込む度、窓辺に吊るされた風鈴が暑さを和らげるように涼しげな音を立てる。涼しげな音色に耳を澄ませながら、よく冷えた麦茶でも飲もうかとはキッチンに向かった。そしてキッチンにやって来ると冷蔵庫を開けようと手を伸ばす。まさにその瞬間だった。夏だというのに、突然背筋も凍るような悪寒を感じたのだ。この感じには、覚えがあった。

「……また来たの?」

後ろへと振り返ったがそう尋ねると少し離れたリビングの何もない空間がゆらりと揺らめき、そしてそこから一体のポケモンが姿を現した。ここ最近やたらとの前に現れるポケモン、ゲンガーである。数日前に買い物からの帰り道で偶然遭遇し、その時に危害を加えられないようにと買ったお菓子をあげて以来眼をつけられているらしい。

「毎日来るのは構わないんだけど、あげられるようなものは何も無いよ」

冷蔵庫から取り出した麦茶をガラスのコップに注ぎながらが言うと、ゲンガーはにやりと笑って姿を消す。一体何なんだろう、とつい首を傾げながらは麦茶を飲み干した。

次にゲンガーが姿を現したのは、昼を過ぎてが庭にホースで水を撒いている時だった。庭に顔を出した野生のチュリネとモンメンにせがまれて水を掛けてやっていたら、笑顔だったチュリネとモンメンの顔が突如強張り、二匹の視線を辿ったらそこにゲンガーがいたのである。ケッケと笑うゲンガーにチュリネとモンメンは慌てて近くの叢へと逃げて行き、ゲンガーはそんな二匹の後ろ姿を見つめていた。その顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうかと思いながら、は一度水を止めたホースをゲンガーへと向ける。

「……ゲンガーも水浴びする?」

ゲンガーはの元へと歩いてくると、の手にあるホースを見つめてこてんと首を傾げた。ゲンガーがこれ程近くに寄ってくるのは初めてだ。いつもと変わらず三日月のような弧を口元に浮かべながら首を傾げるのは何だか可愛らしいな、と思わず笑いながらは蛇口を軽く捻ると、弱い勢いでホースから流れる水をゲンガーの頭に掛けた。

「お化けにも暑いとか冷たいとかあるの?」

水を頭から掛けられて耳をぴこぴこと動かすゲンガーに尋ねると、ゲンガーは先程のようにケッケと笑う。それが肯定なのか否定なのか分からずが不思議そうな顔をすると、ゲンガーはまた姿を消したのだった。


次の日の昼過ぎのことである。が買い物から帰って来た所で、庭の隅で何かをしているゲンガーを見付けたのだ。一体何をやっているのだろうかと思ったはそっと近寄ると様子を伺った。よく見ればゲンガーの視線の先には昨日のチュリネとモンメンがいる。ゲンガーはチュリネとモンメンと少しだけ打ち解けたのか、何やら話している様子だった。チュリネとモンメンが何かを言い、ゲンガーがそれに頷いている。その光景を微笑ましく思いながら、ゲンガーに気が付かれないようにそっと庭から離れ家へと入ったは、もしかしてゲンガーは友達が欲しかったのかもしれないな、と思った。時々寂しそうな顔を見せていたのも恐らくはそれが理由なのだろう。


それから二日程が過ぎた日、が夕食を終えて片付けていると不意に部屋の温度が下がった。こうして突然部屋の温度が下がる原因は一つしかない。夕食の片付けをする手を止めると、は辺りを見回した。

「また来たの、ゲンガー」

キッチンの隅から姿を現したゲンガーは、ケッケといつものように笑う。しかしいつもと違う所には気が付いた。何やらゲンガーが片手を後ろに隠しているのだ。が何を隠しているのかと不思議そうに尋ねると、ゲンガーはすたすたと歩いてのすぐ目の前で足を止めた。そして少しの間を置いて、にずい、と隠していた片手を差し出す。その手には小さな花がいくつか握られていた。

「これ、私に?」

ゲンガーはぶっきらぼうに顔を背けると頷いた。何処で集めてきたのやら、庭には咲いていない花がゲンガーの手の中で揺れている。はそれを受け取ると、ありがとうと笑った。それから何か受け取ったからには何かをお返しするべきだ、と思ったのだが、すぐに今日は偶然プリンを買ったのだと思い出して笑顔を浮かべる。

「ちょっと待ってて」

ゲンガーから貰った花を、使っていなかったガラスの小さな瓶に水を入れて活ける。それからすぐに残りの片付けを終えたは麦茶をガラスのコップに注ぎ、冷蔵庫からプリンを取り出すとそれらを手に庭に面した扉のあるリビングへと向かいながらゲンガーにおいでと声を掛けた。ゲンガーはの後を追う。庭に面した扉を開けると、は床に座ってコップを置いてから隣をぽんぽんと叩いた。ゲンガーは少し考える素振りを見せた後に大人しくの隣に腰掛ける。

「さっきはプレゼント、ありがとう」

プリンをが差し出すと、ゲンガーの眼が分かりやすい程に輝いた。そしてからスプーンを受け取ると蓋を開けて食べ始める。そんな様子を眺めながら、きっとゲンガーは明日か明後日にもまた姿を現すだろうから、今度はポケモン用のお菓子でも買ってみようかな。そう思って笑ったを、庭の隅からこっそりとチュリネとモンメンが見ていたことはは勿論、ゲンガーも知らない。


自分の姿を見ても逃げ出さないともっと仲良くなりたいのだけれども、どうしたらいいんだろう───という話をゲンガーから聞かされていたチュリネとモンメンは、それなら何かプレゼントでもしてみたらどうかというアドバイスは上手くいったようだと顔を見合わせて眼を細めた。


(小さな花束をあげる)
20130727
2013七夕企画


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