少しずつ、太陽の光で白く眩しく輝く海面が遠ざかってゆく。ずっと遠くの方で自分の名前を必死に呼ぶ友人の声が聞こえた。それに応えるように助けて、と叫んでも言葉は泡となって消えてゆく。段々と薄れる意識の中で、もう駄目だ、とはきつく目を閉じた。
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水滴が落ちるような音が、しんと静まり返る空気の中でやけに大きく響いている。不意に意識を取り戻したは、目を開けると二、三度瞬きをした。それからぼんやりと霞んで見える目の前の景色を、良く見ようと目を凝らす。すると丁度目の辺りへと水滴が降ってきた為、は慌てて目を拭い、そしてどうやら自分は運良く何処かに流れ着いたらしい、と思いながらゆっくりと起き上がった。起き上がる為についた手のひらの下で、じゃり、と砂が音を立てる。
起き上がってから見回したそこは、どうやらどこか洞窟のようだった。天井からは鍾乳石がいくつも垂れ下がり、そこからは時折、先程へと落ちてきたように水滴がぽたぽたと落ちている。のいる所は狭い砂浜で、足先は海水に浸かっていた。そしてそこを囲むように岩の壁が連なっており、後ろへと振り返ると、何処かへ続いているのだろう、薄暗く洞窟が続いている。
そもそもどうしてこんなことになったのかと言うと、ポケモントレーナーではないは、自分のポケモンを持っていなかった。友人はそんなに自分の水タイプのポケモンを貸すから、海に行かないかと誘ってきたのだ。夏に水タイプのポケモンとする波乗りやダイビングは最高だし、それにもしよければ何かポケモンを捕まえるのも手伝うよ、と言われたのである。
そうして海にやって来たのは良かったのだが、が友人に借りたマンタインに乗っていたところ野生のチョンチーに遭遇し、更に相手のチョンチーの突然の「あやしいひかり」にマンタインが混乱してしまったのである。混乱したマンタインは暴れ、も僅かに「あやしいひかり」の影響を受けてか、くらくらとしたまま海に落ちたのだ。少し離れた所にいた友人は慌てて自分の乗っていたホエルコでチョンチーを追い払ったが、その時には既には海に沈み始めていた。そして今に至る。
それにしてもこんな洞窟にどうやって辿り着いたのだろうか、とはふと疑問に思った。のいる砂浜は海水が満ちているとはいえひどく穏やかで、どう見ても運良く流れ着けるような海流の流れもない。その上周りは洞窟の岩の壁に囲まれているのだ。考えれば考える程不思議であるし、帰り方も全く分からないが途方にくれて溜め息を吐いた時だった。の足を浸す海水が僅かに揺れたかと思うと、少し離れた所にぼこぼこと白い泡が沸き上がったのだ。
「な、何なの……」
驚いたが慌てて後退りをすると沸き上がる白い泡は数を増し、軈て海面に一匹のポケモンが顔を出した。水色の身体に水色の角、そして赤く凛々しい瞳をしたポケモン。それは、キングドラだった。ギャラドスなどの狂暴なポケモンだったらどうしようかと身構えていたは、肩の力を抜くとほっとしたように息を吐く。そしてキングドラがどうしてこんな所に、と思いながら見詰めていると、キングドラはをまじまじと見詰め返しながら首をこてりと傾げた。
「……どうしたの?」
そのキングドラの様子にが尋ねると、キングドラは何か満足したように頷き、再び姿を消した。そして数分もしないうちに姿を現すと、驚いたことに器用に小さな渦潮で木の実をいくつか運んで来たのである。渦潮に巻き込まれてくるくると回っていた木の実がの足にこつんとぶつかると、渦潮はさっと消えた。
「これ、私に?」
が尋ねるとキングドラは眼をぱちぱちと瞬かせてから頷いた。見たこともない木の実は皮が固かったが、すぐ傍に落ちていた石で傷を付けるとあっさりと剥くことが出来た。海水で冷やされた果肉は柔らかくひんやりとしていて甘い。がそれを食べていると、その様子を離れた所から見ていたキングドラは満足そうに頷いた。
「ねえ、もしかしてキングドラが溺れてた私を助けてくれたの?」
木の実を食べ終えたが尋ねると、キングドラは頷いた。やっぱり、そう呟くとはありがとう、とキングドラに頭を下げる。
「溺れた時、もう駄目だって思ったの。だから、助けてくれて本当にありがとう」
キングドラはにこりと笑うと、背鰭を振って見せた。そしてにくるりと背を向けると、へと振り返る。一体どうしたのかとが見詰めると、キングドラはもう一度振り返った。何かを促すようにも見えるが、キングドラの行動の意味が分からずが首を傾げると、キングドラも同じように首を傾げる。
「あの、もしかして元の場所まで送ってくれたりする?」
暫く悩んだ後に尋ねるとキングドラは頷いた。どうやらそれで合っていたらしい。しかし出口の見当たらない此処からどうやって出るのかと思いきや、キングドラはが自分の身体に掴まると同時に海へと潜った。息が出来ないと慌てて口を押さえただったが、少しすると不思議なことに気が付いた。海の中にいるというのに、呼吸が出来るのである。キングドラが「ダイビング」の力によっての周りに空気の膜を作ってくれたからだ。ダイビングの力に感動したが凄い、と思わず呟くと、キングドラは少し得意気にふふんと笑った。がいたところは、どうやら海底にある洞窟だったらしい。そう言えば海の中には海底洞窟やら神殿なんかが眠ってたりするんだっけ、と思いならは少しずつ離れてゆく海底洞窟を見ていた。
そして少しずつ海面の白い光が見えてきた所で、は静かに口を開いた。
「今日は野生のポケモンって怖いなって思ったけれど、キングドラみたいに優しい野生のポケモンもいるんだって知ることができて良かった。ありがとう」
何度目かのお礼をが言うと、キングドラは悠々と泳ぐ速度を僅かに緩め、身体に掴まるへと振り返って眼を細めた。太陽の光の揺れる海面はもうすぐそこだ。
海の上へと戻ったら、まずは心配しているであろう友人に無事だということを伝えて、それからキングドラのことを話そう。きっと野生のポケモンが助けてくれるなんて、と驚くに違いない。そう思っては思わず掴まっていたキングドラの身体をぎゅう、と抱き締めると、口元に笑みを浮かべたのだった。
海の底の邂逅/20130718
2013七夕企画