重なりあう木々の葉の下で、暑さを凌ぐようにムックルが少し疲れた顔で羽を休めている。朝はいくらか涼しいが、少し昼時を過ぎた今は太陽の位置が高い。照りつける陽射しが、水に濡れた青々と繁る葉の上できらりと反射する。麦わら帽子を被りホースを片手に庭の植物達へと水を遣っていたナマエは、ホースを左手に持ち変えると空いた右手で額の汗を拭った。それから残りのまだ水を遣っていなかった植物にたっぷりと水を遣やると庭の隅へとホースを片付ける。
「やっと終わったよ」
ホースを片付けた庭の隅とは反対の庭の隅の木陰へとやって来たナマエは、そう言ってもう一度額の汗を拭う。すると木陰の下で木に背中を預けて休んでいたユキノオーが頷いた。
「ユキノオー、大丈夫?」
ナマエが心配そうに尋ねると、ユキノオーはもう一度頷いた。暑いのは苦手なはずなのに、庭に水を遣るナマエを気遣ってかさっきからずっとそこにいるのだ。ボールに戻るかと尋ねても首を横に振るので、ナマエも本人がいいと言うなら、とボールに戻ることを勧めるのを止めたが、やはり体調が悪くなったりしていないのか心配だった。するとユキノオーはナマエが心配そうに見詰めているのに気が付いたのか、座ったまますぐ傍に立つ麦わら帽子を被ったナマエの頭に手を伸ばすと、その大きな手でナマエの頭をがしがしと撫でる。
「わっ」
急に頭を撫でられたナマエはユキノオーに撫でられたことによってずれた麦わら帽子を直すと、もう、と笑い、それからユキノオーの隣へと腰を下ろす。ナマエは麦わら帽子を被るのをやめて膝の上に乗せ、陽射しに照り付けられている水に濡れた地面を暫し見つめた後ユキノオーへと目を向けた。
「ユキノオーの隣にいると、ひんやりしてて気持ち良いや」
隣に腰を下ろしたナマエはユキノオーの身体に寄り掛かりながら、そう口を開く。寄り掛かったユキノオーの身体はさすが氷タイプというべきか、こんな真夏日であるにも関わらず触れるとひやりと冷たかった。そして何よりユキノオーの付近にだけ、気持ちの昂るバトル時に比べれば穏やかなものであるが、ユキノオーの特性「ゆきふらし」により季節外れの雪がちらほらと降っているのである。触れるとあっという間に溶けてゆく雪をナマエが何と無く眺めていると、ユキノオーが再びナマエの頭を撫でた。先程のがしがしと撫でた時の手付きとは違い、大きな身体からは想像もつかないような優しい手付きだ。ユキノオーに頭を撫でられたナマエはふふ、と笑い声を溢しながら目を閉じた。そしてユキノオーが進化する前、ユキカブリだった時には自分が頭を撫でてあげていたのになあ、と口に弧を描く。
「ねえ、ちょっとだけ屈んでくれる?」
不意に目を開けたナマエがそう言うとユキノオーはナマエの頭を撫でていた手を止めて首を傾げたが、少しの間を置いてから頷くと言われた通りに座ったまま少し身を屈めた。するとナマエは膝に置いていた麦わら帽子を片手に立ち上がり、手の届く高さになったユキノオーの頭を撫でる。
「ユキノオーに進化してからは、あまり撫でたりしなくなっちゃったね」
ナマエに久しぶりに頭を撫でられたユキノオーは先程のナマエのように嬉しそうに眼を閉じるとナマエの言葉に頷いた。昔は一メートル程の高さだったが、進化した今は高さも二メートルを越してしまいナマエの手が届かなくなってしまったのである。ひんやりと手のひらから伝わるユキノオーの体温は、真夏日であるということを忘れさせる程に心地好いものだった。
そうしてナマエがユキノオーの頭を撫でていると、不意にユキノオーが大きな欠伸を漏らした。先程までは確かに暑かったが、ナマエが庭に水を撒き、更にはすぐに溶けてしまうとは言えど自身の力でユキノオーとナマエの周りに雪がはらはらと降っているので幾分涼しくなってきたのである。ナマエはそんなユキノオーの様子に顔を綻ばせると、頭を撫でるのを止めてユキノオーの隣に再び腰を下ろした。
「何だか、私も眠くなってきちゃった」
ユキノオーの身体にナマエが寄り掛かるとユキノオーはもう一度欠伸をしてから頷き、そして眼を閉じた。ユキノオーに釣られるようにして小さく欠伸を漏らしたナマエはユキノオーの顔を暫し眺めていたが、軈て静かに瞼を下ろす。
「……夜になって、涼しくなったらアイスでも買いに行こうか」
目を閉じたままナマエが提案すると、ユキノオーはそれに応えるように微かな声で鳴いた。
青々と繁り重なりあう木々の葉をそよ風が撫でるように揺らす。先程までは疲れた顔をしていたムックルも漸く元気を取り戻したようで、木陰の下の枝の上ですやすやと眠っていた。その下では、ユキノオーとナマエが木の太い幹を背に同じように昼寝をしている。二人の周りだけにはらはらと降る雪はまるで二人を夏の暑さから守っているようでもあった。この茹だるような暑い日は、まだまだ続くだろう。それでもナマエはユキノオーがいれば平気であるし、ユキノオーもまた、ナマエがいればこれぐらいどうってことはないのだ。
木陰の下で/20130713
2013七夕企画